海と毒薬

ぐだぐだ言ってるうちに6月もあと一週間で終ろうかしている。
6月。
私は10代の頃からのトラウマもあってこの月が大っ嫌いなのだが、丁度梅雨時でもあることだし、この季節にうんざりしている人は他にも多いことであろう。
で、梅雨時のうんざりと直接関係あるのかどうかは分からんが、私が通っていた大学付近では、6月の某日、

第二次大戦中の米兵3人とかの幽霊が行進する

という噂が代々伝わっていた。
その日が来ると、米兵が行進するとされる付近のアパートに住んでいる人達の中には、恐怖のあまり友人知人宅などに泊まりに行ったりする人もいた。建物まるごと留守になると言われる女子寮もあった。
私が住んでいたのはそこから若干離れた地域だったんで特に厳戒態勢になる人もいなかったのだが、まあ、とりあえずその日が近付くにつれて寮の中でもくだんの件にかんする話題は頻繁に耳にすることとなった。
そんなある日のことである。まだ初々しい新入生だった私が目をキラキラさせながら歴史に関する外書講読という有難いプレゼミの授業に出席していた時である。
私以上に目をキラキラさせた、当時まだ30歳になったばかりだというのにすっかりお茶の水博士みたいな風貌をした先生がいきなり大学周辺にまつわるその怪談について語りだした。(ちなみに私は怖い話が大の苦手である。)

「多分この話は事実でしょうねー。だって根拠がありますから。みなさん遠藤周作の『海と毒薬』って知ってますか?あれ、福岡の話でしょ。行進する米兵って生体実験された彼らのことなんですよ。」

・・・・・。
余りにも先生の話はリアルで怖くて嫌過ぎたのだが、それにも係わらずその根拠となった小説のタイトルに強い印象を抱き気になって仕方がなくなった私。
「海と毒薬」。
なんか、15年くらい前は奥田瑛二主演で映画化もされたし、最近じゃあの宇多田ヒカルが好きな本として名前挙げたとかなんかで読んだことはなくても、このタイトルを耳にしたことがある人も少なくはないハズだ。
私もその後たまたま寮に帰ったら友達が持っていたので速攻借りて読破。
何と申しましょうか、80年代の18歳に対して大いなる衝撃的を与えるには充分過ぎる話である。既に幽霊の話とかどうでもよくなったっていう。
それ以来大学時代は遠藤周作を片っ端から読んでいた私。その熱は「海と毒薬」の舞台となった大学に通う、当時バンドをやってた友達にも伝播し、彼は歌詞に遠藤の小説から引用した言葉を使ったりしていた。
当時はまだ子供が子供を殺したりするような時代ではなかったし、あの頃青春を送っていた者達の、人間の罪に対ししての反応は、今の若者よりはうんと純粋だったのだと思う。

で、先日実家に帰った時、収拾つかなくなって送りつけた漫画やら本やらが詰まったダンボールを開けてみたのだが、案の定物凄い遠藤周作率の高さ。自分でも読んだ記憶とかないのまであった。
そんな私が遠藤作品の集大成とも言うべき「深い河」を読んだのはつい最近のこと。何故今までこれを読んでいなかったのすら謎なのだが、読むとやはり素晴らしい。いやー、当時抱いたやりきれない感情を再び思い出した。本当にこれ、遠藤作品の全てが詰まっとるわ。
これをきっかけにまだ読み残している遠藤作品も読んでみようと思う。「沈黙」とかまだなんよね。

ついでに当時やはり「海と毒薬」の舞台となった大学の医学部に「ふぁずふぃるむ」というバンドがいた。
「6年になったらバンドからは完璧に足を洗う」といって短期間しか活動していなかったバンドなのだが、短くも非常に強い印象を残した人達と記憶する。
強引にカテゴライズするとプログレに属するバンドだったと思うのだが、まるで演劇を見るかのような荘厳なライヴをする人達で、初めて見た時は友達と2人ですっごい衝撃を受けた。
で、そんな彼らの曲にも「海と毒薬」というのがあるんよ。まあ、重い曲よね。今日思わずテープ引っ張り出して聞いてしまいました。